大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和36年(わ)446号 判決 1964年3月19日

被告人 吉田治平

大一一・九・一生 労働組合役員

主文

被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、全日本自由労働組合広島県支部並びに広島分会の執行委員長をしているものであるが、同市部組合員のため賃上げ要求などに関する対県交渉を行なうに当り、これを有利に展開する目的をもつて、法定の除外事由がないのにかかわらず、広島県公安委員会の許可を受けないで、昭和三六年七月二〇日午後二時過ぎころ、広島市基町一番地の屋外の公共の場所である広島県庁正面玄関前構内において、右組合員約七〇〇名が五列縦隊になり約三〇〇米の距離にわたつて行つた集団行進を主催したものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は、昭和三七年一月二三日広島高等裁判所で住居侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反罪により懲役一〇月に処せられ、右裁判は同年六月二日確定したものであつて、この事実は前科調書によつてこれを認める。

(被告人および弁護人の主張に対する判断)

被告人および弁護人は、昭和三六年広島県条例第一三号集団示威運動、集団行進及び集会に関する条例(以下本件条例または県条例と総称する)および本件事実に関して種々の主張をなしているので、当裁判所はこれらの主張を簡潔に要約したうえで、法律上および事実上の問題点についてその見解を示すこととする。

第一、憲法違反の主張について

(一)  憲法第一四条違反の主張

(1) 弁護人は、本件条例第四条但書が第一号から第六号に亘つて、集団示威運動、集団行進または集会(以下集団行動と称する)を行なおうとするとき許可を受けなければならない場合の除外例を定めているが、その適用除外例を除いた残余の集団の屋外における行事としては、結局労働団体、学生団体、平和団体等いわゆる民主諸団体による運動としての行事が残るだけであつて、本件条例が労働者等を差別的に取扱つていることが明らかであり、本件条例は民主的労働運動等を弾圧、抑制するために制定された治安立法というべきであつて、そのことはその適用の実際が政治的国家の反動に抗議する者のみに適用されているということからも認められるところであり、また本件条例第三条がその適用範囲を市の区域に限つているのであるから、憲法第一四条の「法の下の平等」の原則に違反する、と主張する。

(2) しかしながら、本件条例第四条但書が適用除外例として定める冠婚葬祭、修学旅行、学術研究等の行事の場合を除くと、その中に民主諸団体による運動としての行事が含まれていることは首肯し得るところであるけれども、集団行動による思想等の表現は、神社等の行事、見学のため偶々多数人が集合するような場合と異なり、集団自体の内部に蔵するいわば潜在的な力によつて支持され、あるいは計画に従い、あるいは突発的な内外からの刺激、せん動等によつてきわめて容易に動員され得る性質のものであつて、かかる集団における群集心理の法則と現実の経験とに照らし、不測の事態に備えて公共の安全と秩序を保持するため、かかる集団行動に対し本件条例にみるような規制の方法を採ることは止むを得ないところである。次に本件条例がその適用区域を市の区域に限つている点であるが、本件条例第三条は、市の区域における集団行動のみを規制の対象とする趣旨であつて、市の区域の住民を対象としてこれを差別しようとする趣旨ではないから、弁護人所論のような「法の下の平等」に反するということはできないので、右主張はいずれも採用しない。

(二)  憲法第二一条違反の主張

(1) 弁護人は、本件条例第二条が解釈基準を定めているが、これが単に権力内部における自制を待つに過ぎない無意味なものであること、第四条が規制の対象とする集団行動が行われる場所を定めているが、これが包括的なものであること、第五条の規定する許可申請の手続が、集団行動を開始する日時の四八時間前までに許可申請書を所轄警察署長を経由して公安委員会に提出することを要求していること、第六条が許可基準として集団行動の実施が公共の安全と秩序に対して直接危険を及ぼすことが明らかであると認める場合のほかは、これを許可しなければならないという規定の形式を採つているが、これがきわめて概括的抽象的であること等から、本件条例は集団行動に対する一般的制限禁止を規定した許可制を採用し、表現の自由を著しく制限するものである外、本件条例は第五条において一定の記載事項を記載した許可申請書の提出を要求し、第六条の定める許可基準をもつて公安委員会が事前に表現の自由の行使を検討することを認めるものであり、更に右記載事項の一つとして、「参加人員予定数」(二以上の参加予定団体がある場合は、その団体別内訳)」と定め団体の正当な活動に介入しようとするものであるから検閲の禁止にも違反するので、憲法第二一条各項に違反する、と主張する。

(2) 当裁判所は、右主張を判断するに当つて、最高裁判所が昭和三七年五月二〇日に昭和二五年広島市条例第三二号集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下市条例と称する)について、弁護人の全ての主張を斥け、これを憲法第二一条、第一一条、第一三条に違反しないとした判決および昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例は憲法第二一条に違反しないとした判決が存在することに注目し、当裁判所は具体的事件を事実に即し法律に照らして判断するとともに、現行裁判制度が審級制度を採用して法的安定法の確保を図つていることに鑑み、特段の事情のない限り、右判決を十分に尊重しなければならないと考え、規定の形式、内容に類似すると解する市条例と本件条例とを対比してみるに、市条例にはいわゆる解釈規定として同条例第六条、第七条が存するけれども、県条例第二条に見合う規定はなく、県条例第四条に対応するものとして市条例には「第一条道路その他公共の場所を使用する公衆の権利を保護するため、これらの場所で行う集会、集団行進又は場所の如何を問わず、集団示威運動は公安委員会の許可を受けないでこれを行つてはならない」とあり、県条例第五条に対応する市条例第二条は、集団行動を行う日時の七二時間前までに許可申請書を提出すべき旨の規定があり、その記載事項中には「参加予定員数(団体参加の場合はその内訳を含む)」があり、許可基準については県条例と殆んど同様のことを第三条に定め、結局市条例の方が県条例よりもその規制の方法、程度においてより厳格と解されるのであつて、その市条例について前記のような最高裁判所の判決があるのであるから、前記のようにこの判断を十分に尊重すべきであると解するので特段の事情の認められない本件の場合、右判決の趣旨とするところと相容れない右主張はこれを採用しない。

(三)  憲法第二八条違反の主張

(1) 弁護人は、本件条例は憲法第二八条が国民の基本的権利として保障する団体行動権の行使を制限するものであるから、憲法第二八条に違反すると主張する。

(2) しかしながら、本件条例第二条第二項は「この条例による権限は、前条に規定する目的を達成するために、必要な最小限度においてのみ行使すべきであつて、いやしくも権限を逸脱して個人の基本的人権若しくは団体の正当な活動を制限し、又は団体の正当な活動に介入するようなことがあつてはならない」として勤労者の団結権、団体行動権等を制限するものでないことを明らかにしており、また前記憲法第一四条違反の主張に対する判断で述べたように労働者等を差別的に取扱つているとも解せられない以上、憲法の保障する勤労者の団結権、団体行動権に対しては本件条例の適用はないと解するのが相当であり、従つて右主張は採用しない。

(四)  憲法第三一条違反の主張

(1) 弁護人は、本件条例の許可基準が極めて漠然としていること、「公共の場所」というような曖昧な概念を用いていること等から犯罪の構成要件が不明確であつて罪刑法定主義に違反し、かつ、単なる無許可または条件違反に対して一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する旨の不合理な重い刑罰を定めているので、憲法第三一条に違反すると主張する。

(2) しかしながら許可基準(本件条例第六条)は、本件条例第一四条第一号、第四条の構成要件要素となつておらず、「公共の場所」の概念は後に本件場所は公共の場所ではないとの弁護人の主張に対する判断で述べるとおり曖昧であるとは認められず、罰則の点については、本件条例が憲法の認める法形式であつて法律の範囲内で制定されうるものであり、政令とは異なり地方公共団体の議会が定める民主的立法であるから(憲法第九四条、地方自治法第一四条、第九六条)、その実効を保障するため地方自治法第一四条第五項が条例に違反した者に対する罰則を設けることを委任しても憲法第三一条に違反するものではなく、従つてその委任の範囲内で罰則を定めておるのであり、またそれが不合理に重いとも解されない本件条例は憲法第三一条に違反しないと解するので、右主張は採用しない。

第二、構成要件に該当しないとの主張について

(1)  弁護人は、本件広島県庁正面玄関前構内(以下単に本件場所または県庁前広場と称する)は広島県自らの用に供することを直接の目的として設けられた公用の場所であつて、行政法上の公用物であり、公共用物ではなく、このことは広島県知事がその権限に基いて制定した広島県庁庁内取締規則(昭和三二年三月五日規則第一六号)(以下単に取締規則と称する)によつて本件場所を維持管理していることから明らかであり、偶々その場所が一般公衆の使用に供されるとしても、それは公用を妨げない限度で容認されているに過ぎず、そのことの故に公用の場所が本件条例、第四条の規定する「公共の場所」に変ずるものではなく、また本件場所の形態および利用状況にも公共性が認められない外、本件条例第四条の解釈上「公共の場所」は道路、公園等に準ずべきものであるが、本件場所にはこれらに準ずべき点もないので、以上に本件条例第二条第一項の拡張解釈禁止の規定の趣旨と併せ考えると、「公共の場所」とみることはできないので、本件行為は本件条例第一四条、第四条の構成要件に該当しない、と主張する。

(2)  そこで、まず本件条例第四条の規定する「公共の場所」の概念を明らかにすることとするが、本件条例案提出者側の見解が不特定多数人のために自由に出入りし、かつ利用することができるように開放されている場所をいうとするのは兎も角として(当裁判所が取寄せた昭和三六年広島県議会九月定例会会議録)、公共の場所という用語は本件条例に特有のものではなく、売春防止法第五条第二号、軽犯罪法第一条第一三号等の法律の規定にも見ることができ、この用語が概括的抽象的であつてその内容を明らかにし得ない程のものとは認められず、結局右用語例等を参考にしながら本件条例の趣旨、目的等を勘案検討のうえ、「公共の場所」とは不特定かつ多数人の利用し得べき場所をいうものと解すべきである。ついで、本件場所が右「公共の場所」にあたるか否かを検討するに、本件場所が広島県知事の管理する公用物であり、その管理権の適正な運用を図るために取締規則を定立していることは弁護人の主張するとおりである(第五、第六回公判調書中の証人沖野哲雄の各供述部分)。しかし「公共の場所」とともに例示されている道路、公園等との異同ならびに関係をどのように解すべきか、本件場所が公用物であることをもつて「公共の場所」ではないとする論拠となるかどうかをみるに、道路は道路法によれば建設大臣、知事、都道府県もしくは市町村の管理に属し、一般交通の用に供されるものであること(道路法第二条、第三条、第一二条ないし第一六条)、公園、広場は国有財産法によれば大蔵大臣もしくはその事務分掌者の管理に属し、一般の用に供されるものであること(国有財産法第六条、第九条、第一三条)、地方公共団体の管理に属するものもあること(地方自治法第二条第三項第二号、第二一三条第一項、証人西山寛の当公判廷における供述)から、道路、公園等が管理者の管理に属しながら一般交通の用に供し、または公共の用に供することを目的として開放されている公共用物であることが認められるけれども、これら公共用物における集団行動が公共の安全と秩序に対し直接危険を及ぼす可能性が大であるとの理由によるのであつて、このことから公用物にはかかる危険性がないとの結論を導くことはできない。この点を管理権と警察権との関係からみるに、管理権の作用は、行政主体が当該公物(公用物、公共用物ともに)の管理主体としての立場から公物本来の目的を達成せしめるために行うものであつて、本件に即してみれば、その管理は取締規則第一条が規定するように、県庁舎および県庁構内(本件場所はこの中に含まれる)における秩序の維持および施設等の保全に万全を期することにより公務の正当な運用を確保することを目的としてこの規則を定め、あるいはその具体的適用として例えば守衛が右目的に従つてこれを取締るという事実的行為によつてなされるのに対し、他方警察権も公物の使用関係の秩序を維持し、社会公共の秩序に対する障害を除去することを目的として作用することができるのであり(警察法第二条第一項)、この点は道路における道路法に基く管理権の行使、道路交通法に基く警察権の行使と異るところはなく、管理権と警察権とは同一公物に対しそれぞれ権能、根拠、目的を異にして両者の権限が競合し得ることは明らかなところであるから、県庁前広場が公用物であり取締規則が設けられてその管理がなされているという事実は、本件場所が警察権の発動の対象とされることの妨げとはならず、右の点に関する弁護人の所論は採用できないところである。そこで、進んで本件場所が「公共の場所」と云えるのかどうかをその実体に即して検討することとし、まずその形態をみると、当裁判所の検証調書および司法警察員作成の実況見分調書によれば本件場所は広島市基町一番地広島県庁正面玄関前に位置する芝生地帯二ヶ所およびその周囲をかこむアスフアルト舗装地帯によつて形成された平面的場所であつてその西側は県庁正面出入口で鯉城通に面し、その通との境は〇、四米幅の排水用コンクリート製溝蓋であるが、同一平面をもつて鯉城通車道と連絡しており、その出入口の広さは二八、八五米あつてそこには門扉が設けられておらず守衛所のようなものも設けられておらず、そこからは人車の自由な出入りが容易であり、北側はアスフアルト舗装地帯より一段高くなつて鯉城通に連絡する通路に接し、その更に北側は植込みを挾んで県議会議事堂に至る砂利広場となつており、南側は植込みがあつてその南に駐車場、芝生地帯(植込みあり)と連なり、このアスフアルト舗装地帯の幅は東側六、八二米、西側一四、五米、南側一〇、四米、北側七、二一米であり、これは同じ平面で東側、西側、東側各出入口に通じて外部と連絡し、南側芝生地帯中央附近通路とも連絡していて、いわゆる通り抜けのできる形態を示し、その表面には幾多の軌跡をみることができ、その場所の交通量を物語つており、西側玄関出入口の南側には高さ一、四米の広島県庁と表示された門柱が建てられ、その南側には高さ一、六米、幅三、七米の三耕杉の生垣が続いているが、きれいに刈り込まれ下枝が落とされているため、外部より構内を透かし見ることができ、なお本件場所は同じ構内の広島職業安定所、県税事務所等に通じていることが認められる。ついで本件場所の利用状況をみると、前記検証調書によれば、検証時かなり多くの車(大型バスを含む)が構内に駐車していること、本件場所およびその南側芝生地帯中央附近通路を三三五五人が歩行していること等が認められ、この点につき第一〇回公判調書中の証人伊藤満の供述部分によれば証人が年に平均二〇回位県庁に行くが、広場の通行者の殆んど全てが県庁への公私の用で参るのではなかろうかと思う旨述べているところであるが、管理権者による管理内容について供述している第五、第六回公判調書中の証人沖野哲雄の各供述部分によれば、本件広場は県の公用財産として県の公用のために使う場所であるが、ここには人道車道が設けられ、平素は来客が非常に多いが道路境の門の所には守衛を常時置くということはなしておらず、この場所を通るについては守衛に断る必要はなく自由に通行できるわけであるが、そこを散歩するものもあり、遊覧バスが入つて来たりもしておるけれども、全く自由に放任されているのではなく、非常に混雑するときは守衛が注意するということにしているのであるが、県民へのサービスも必要でそこに駐車することを認めるという状況になるのであり、また全日自労の人が過去にこの場所において集会等を行つたことがあるが、その際公務の円滑な運用という見地から許可を要する旨の掲示をしたようなこともある等述べているところである。以上本件場所の形態および利用状況の両面から観察すれば、本件場所は不特定かつ多数人の利用し得べき場所であることが明らかであつて、拡張解釈に亘るとも云えないので、弁護人の右主張は採用しない。

第三、違法性阻却の主張について

(1)  弁護人は、本件行為が、憲法第二八条の保障する団体行動権の行使であつて正当性を有すること、事案が軽微であること、社会的にみて非難さるべきところがなかつたこと、目的、動機、手段、方法等からみて条例の保護しようとする利益と適当の権衡を保つていること、等を挙げて、本件は違法性を阻却する、と主張する。

(2)  そこで、まず本件行為が憲法第二八条の保障する団体行動権の行使か否かを判断するに失業対策事業に従事する労務者(以下、失対就労者と称する)が共同の目的をもつ一時的または継続的な一つの集団を形成することは、全くその自由であつて、弁護人提出の証拠中「規約規定規則集」によれば、全日自労が組合員の経済的、社会的地位の向上を計ることを目的として形成された任意団体の一つであることが認められ、その共通の目的のためにその規則に定めるような事業を行うことも首肯できるところではあるけれども、失業対策事業における事業主体と失対就労者との雇傭関係は公共職業安定所の紹介により当日限りの契約をもつて締結されるという関係にあり(緊急失業対策法第五条第五号、第一〇条、職業安定行政手引VI失業対策と人力利用12301)全日自労の組合員が特定の事業主体と継続的な雇傭関係に立つものではなく、更に事業主体たる地方公共団体には賃金や就労日数等の決定権限がないものであるから(緊急失業対策法第一〇条の二第一項、同法施行規則第八条)、事業主体によつて労働条件の維持、改善を図る余地がないので、失対就労者の団体である全日自労をもつて労働組合法上の組合であるとすることはできず、弁護人提出の証拠中「広島市厚生局労政課作成の昭和三六年一〇月五日実施の広島市の失業対策従事労務者実態調査」によれば、失対就労者の登録から右実施日現在までの失対就労者としての就労期間が、一年以上三年未満が一八、八五%、三年以上五年未満が一五、九五%、九年以上一一年未満が一四、九七%、五年以上七年未満一二、六六%、七年以上九年未満が一一、九七%となつているところをみると、かなり多数の失対就労者がその失業に対処して半ば恒常的に失業対策事業に就労していることが認められ、また全日自労が組合員の経験的、社会的地位の向上を計ることを目的として過去様々の運動を行つてきたことも弁護人提出の各証拠書類、証人中西五洲の当公判廷における供述等から十分に認め得るところであるけれども、「憲法第二八条は、使用者対被使用者すなわち勤労者というような関係に立つものの間において経済上の弱者である勤労者のために団結権ないし団体行動権を保障しもつて適正なる労働条件の維持改善を計らしめようとしたものに外ならない」旨の最高裁判所の判決(判例集第三巻第六号七七二頁、第七巻第五号一一一五頁、第八巻第六号九五一頁等)が存在し、これを十分尊重すべきことは、先に憲法第二一条違反の主張に対する判断において述べたと同様であり、本件において右判決に反する判断をなすべき特段の事情も認められないので、本件行為をもつて憲法第二八条が保障する団体行動権の行使と目することはできない。次にその余の違法性阻却の主張について判断するに、本件集団行動が時間にして七、八分、距離にして三〇〇米というものであるから、集団行動としては平穏無事な状態であつたことは認められないでもないが、公安条例が無許可で集団行動を行つた主催者を処罰する趣旨は、集団行動が群集心理の法則と過去の経験から明らかなように、その場の状況によつては公共の安全と秩序に対して直接危険を及ぼす惧れをそれ自体の内部に蔵していることに着目して、法と秩序維持のため事前に許可を得せしめようとすることに対する違反を罰するものであつて、本件行為の違法性は「許可を受けないで」団体行動を主催した点に求められ、集団行動がどのようなものであつたかは違法性の存否を左右するものではないと解され、また法益の権衡が論ぜられるのは一般に法益に対する不法なる侵害行為に対しては一定の限度内においてこれを阻止排除する権利があることを前提とするものであつて、本件の場合不法なる侵害行為の存在を認めることはできないので、弁護人の右いずれの主張もこれを採用しない。

第四、適法行為の期待可能性がないとの主張

(1)  弁護人は、本件のように組合員の多数からデモをやろうとの声が湧き起こつている場合、被告人は指導者としてこれを抑えることができないのであつて、これを期待することは無理であり責任性を阻却する、と主張する。

(2)  しかしながら、前掲証拠によれば、被告人の指揮、号令によつて始めて隊伍を組んで行進を始め、その停止も被告人の命令によつてなされたものであつて、被告人が組合員を制止できなかつたことを認めることはできないので、右主張は採用しない。

第五、違法性の意識の可能性がないとの主張

(1)  弁護人は、被告人は文化人の出身であり、穏健かつ社会常識の備わつた人であつて、あの程度のことで処罰されるという意識をもつてやつたこととは思われない、と主張する。

(2)  しかしながら、前掲証拠によれば、警察官が集団行進が始まりかけて一〇米も進もうとしたので被告人の所へ行き公安条例違反の疑いがあるから直ぐ止めるよう三回程警告をしたという事実からみて、被告人に違法性の意識の可能性がなかつたとは認め得ず、従つて右主張は採用しない。

第六、おわりに、

以上判断した以外にも、被告人および弁護人は累々主張するところであるけれども、それらは独自の見解であつて全て当裁判所の採用するところではない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は昭和三六年広島県条例第一三号集団示威運動、集団行進及び集会に関する条例第一四条第一号、第四条に該当するところ、右は前記確定裁判のあつた罪と刑法第四五条後段の併合罪なので、同法第五〇条によりまだ裁判を経ない判示罪についてさらに処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金四〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用してこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 太中茂 清永利亮)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例